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エッセー&小論

「もしも」歌えば

詩人
アーサー・ビナード
(2006年12月発行 会報第110号より)

 ポピュラー音楽の世界では毎年、さまざまなカバーバージョンが吹き込まれ、売り出される。カバーの場合は、オリジナルバージョンとどう距離をとるかが、一番のポイントだ。

 一世を風靡した歌のメロディーだけもらい、新しい歌詞をつけて歌うというやり方もあるが、かなりハードルが高い。もちろん「替え歌」の類なら、面白くおちょくっていれば成り立つが、結局それは「本歌」に頼りきった存在だ。そうではなく、歌詞を変えて歌を一新し、世人にオリジナルのことを忘れさせるほどのバージョンができたら、まさに「離れわざ」といっていいだろう。

 離れわざに成功したバンドはといえば、真っ先にビーチ・ボーイズが思い浮かぶ。彼らが選んだ歌は、ロックンロールの開祖チャック・ベリーの大ヒットSweet Little Sixteen――ライブに行って踊ったりするのが大好きな女の子が主人公の「メチャかわいい16歳」だ。ところがビーチ・ボーイズはそれをがらりと、サーファー賛歌に変身させたのだ。「もしも」の力で。

 ”If everybody had an ocean across the U.S.A.”「もしもアメリカ各地どこにでも海があったならば」とSurfin’ U.S.A.は始まる。想像を楽しくくすぐる仮定の波に乗って、歌は全米へと押し寄せ、そんなIfの波力がチャック・ベリーに負けないヒットを生み出した。両方の歌を知っていながらも、同一のメロディーであることに気づかない人も、少なからずいる。

 Surfin’ U.S.A.の中で、サーファーたちのファッションが出てくるくだりがある。”You’d see them wearin’ their baggies, huarache sandals too”――全米がサーフィンの渦と化したら、老若男女は「だぶだぶの海水パンツをはき、メキシコ風のサンダルをはくだろう」。何年か前、ぼくは図書館の参考書コーナーで、そのサンダルのhuaracheのスペルを確かめようと、分厚い辞書を引いたら”from Japanese waraji”という語源説が目に飛び込んできた。日本語の「草鞋」が、太平洋を渡って新大陸のスペイン語になり、メキシコ経由で米語にも入ったらしい。

 今までは100%U.S.A.だと思っていた歌が、そんなJapaneseを隠し持っていたとは。「もしも」の範囲が一気に広がり、サーフィンの渦が太平洋のこっち側にも及んでいる感じがした。しかし日本のビーチ・ボーイズ・ファンは、草鞋が歌われていることに気づいているだろうか。いや、バンドメンバー自身もおそらく、日本語とは知らずに歌ったろう。

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詩人    アーサー・ビナード

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