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エッセー&小論

本たちの声

作家
上橋 菜穂子
2014年12月発行 会報第14号より

 思いがけず、国際アンデルセン賞をいただいてしまい、NHKの特報首都圏で、取り上げていただいたとき、メインの取材場所になったのは、母校香蘭女学校の図書室でした。懐かしい母校の図書室は、リフォームされて美しく生まれ変わり、私が日参していた頃とはずいぶんと違う姿になっていましたが、卒業後もずっと、親しくお付き合いしていただいている司書の先生が、なんと、私が高校生の頃の図書貸し出しカードを保管してくださっていて、びっくりしました。
 そのカードには、サトクリフの『第九軍団のワシ』など、私が作家になる「根」を育んでくれた本たちの名前が並んでいました。鉛筆で書きこまれている自分の名前。これを書いていた十七の私の耳元で「随分先のことだけれど、あなたはいずれ作家になって、この下手くそな字を笑いながら眺めることになるんだよ」と、囁いてあげたら、どんなにか驚いて、飛び上がって喜んだだろうと、思ってしまいました。
 夢は意外にも叶うものです。叶ってみれば、夢は思い描いていたものとは少し違う姿をしていたりしますが、それでも、中学、高校の頃の、夢をみてそれを形にしたくて必死だった、あの強い思いがなかったら、私はいま居る場所にいなかった。それだけは確かなことなのです。
 私は図書館で勉強するのが好きでした。学校の図書室では友だちに見られて気恥ずかしいので、家から自転車で行ける距離にある川崎市立中原図書館に良く通ったものです。当時、中原図書館には、別棟に自習室があって、参考書などを持ち込んで勉強している学生たちがたくさんいました。
 私はといえば、受験勉強でもすればよいのに、ドイツ語の参考書や辞書を借りてきて学んでみたり、心理学や歴史書を読んだり、ちょっと背伸びをして、「こんなすごい勉強をしているんだぞ!」という気分に浸っていたものです。
 いま思えば、なんとも恥ずかしいことをしていたわけですが、それでも、自習室の机に向かい、古書の匂いを嗅ぎながら過ごした、あの静謐なひとときを、無性に懐かしく思い出すことがあります。
 家では気が散るのに、図書室では没頭して学べたのは、無数に並ぶ本たちから、声なき声が聞こえていたからかもしれません。――私たちも、そうやって一生懸命学んだ者の手によって書かれたのだよ、という声が。

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作家    上橋 菜穂子

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