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エッセー&小論

一万時間の法則

作家
帚木 蓬生
(2012年9月発行 会報第7号より)
『Time』の小さな記事で、<一万時間の法則>を知ったのは六、七年前だったろうか。
 米国の若い社会学者が、さまざまな分野で秀でた世界中の数百人の生活史を調べ上げ、共通項として抽出したのが<一万時間の法則>だった。
 つまり一週間に二十一時間、ひとつの目的に十年間打ち込めば、その道で優れた人間になれるという法則である。
 均等割りにすると一日三時間であり、これを十年続けると一万九百五十時間、うるう年を二回入れれば、約一万一千時間になる。
 有名なサッカー選手も野球選手も、名を成した音楽家、画家、彫刻家、数学者や生物学者、化学者、同時通訳、歴史学者、ソムリエやパティシエなど、全員が少年少女時代あるいは青年時代に、なべて<一万時間の法則>をやり遂げていたという。
 大いに納得した私は、『ソルハ』(あかね書房 二〇一〇年刊)の中で、父親が娘に諭す言葉として挿入した。『ソルハ』を読んだ大人からは、「もっと若い頃にこの法則を知っていればよかった」と、幾度となく言われた。そのたび私は心の内で、一万時間の法則は何も若い頃だけに通用するのではない、大人になってからも、老いてからも言える法則ですよ、と反論した。
 <一万時間の法則>と表裏一体を成す格言として、私が想起するのは、「良い習慣は能力を超える」である。
 <一万時間の法則>も、結局は良い習慣の推賞だろう。良い習慣を身につければ、たとえ能力が備わっていなくても、能力以上の水準に達せられる。生来の能力があったところで、悪い習慣によって台なしにされてしまう。
 この格言にも魅せられた挙句、今年刊行する『日御子』(講談社)では、弥生時代の通訳の一族で、親から子へ何代にも渡って継承される家訓にした。『日御子』は大人向けの物語だから、小中学生の眼には触れない。しかし読んだ大人が、この格言を自らの人生に適用し、子供たちにも伝えてくれたらと、ひそかに願っている。

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作家    帚木 蓬生

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