1. HOME > 
  2. エッセー&小論

エッセー&小論

生き物ではない怪物

京都大学原子炉実験所
小出 裕章
(2012年4月発行 会報第6号より)
人類はこの地球に約四〇〇万年生きてきた。その歴史の中では人間同士の殺し合いもたくさんあったし、他の動物たちとのたくさんの戦いもあった。また、病気とも戦い、想像上の幽霊や怪物たちとも戦ってきた。
 二〇一一年三月十一日、福島第一原子力発電所が地震と津波に襲われたことによって、新たな怪物が解き放たれ、私たちはその怪物との戦いに直面している。その怪物は放射性物質である。それは生き物ではないが、あたかも生き物であるかのよう自ら動く能動的な毒物である。人間はエネルギーが欲しいとして原子力に手を染めたが、原子炉を動かすと、その毒物が原子炉の中で生産され、溜まってくる。そして、それが能動的な毒物であるが故に、常に冷却していなければ、原子炉を破壊して外に飛び出して来ようとする。
 三月十一日に始まった戦いは、一方の側に生き物ではない怪物がおり、一方に人間を含めた生き物の世界がある。原子炉を冷却するためには電気が必要であったが、地震と津波に襲われた福島第一原子力発電所はすべての電源を失った。敵である怪物はここぞとばかりに戦いを開始したが、人間の側は一切の武器を奪われ、為す術なく戦いに敗北し続けた。それまで原子炉の中に閉じ込められていた怪物は、次々と原子炉を破壊し、自分の分身を生き物の世界に向けて解き放った。電源は一週間から十日のうちに回復して、人間の側は再度武器を手にしたが、その時にはすでに戦場が荒れ果てていて、怪物本体が住む城、つまり原子炉建屋に踏み込むことすらできないまま、一進一退の攻防が続いている。
 解き放たれた怪物の分身はすでに福島県を中心に東北地方、関東地方に濃密な汚染を生じさせ、強さを問わなければ、すでに全地球に飛び散って生き物に危害を加え始めた。その分身は目に見えず、匂いもない。今後は、飛び散った場所にいる生き物に長い期間にわたって危害を加え続ける。また、怪物の本体は、一応武器を手にした人間の側が原子炉建屋の中に閉じ込めているが、その封じ込めの戦いもまた数百年、数千年と続く。未来の人間は、途方もなく手ごわい怪物を相手の、途方もなく長い戦いを負うことになった。そして、この戦いの相手である怪物は、私たちの世代の人間が自分の欲望のために作り出したものである。人間とはいったいどこまで愚かで罪深い生き物なのであろう?

著者紹介

京都大学原子炉実験所    小出 裕章

バックナンバー

選書リストを見る

新規登録すると…

SLBAに参加登録(無料)していただくと、ホームページからもご注文が可能になります。

学校図書館様向け 新規登録

書店様向け 新規登録

ページトップへ

当ホームページ掲載の記事、写真、イラスト等の無断掲載を禁じます。