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エッセー&小論

子どもに最も身近な図書館

専修大学文学部准教授 学校図書館図書整備協会理事
野口 武悟
(2011年12月発行 会報第5号より)
 私は大学で司書と司書教諭の養成科目を担当している。司書や司書教諭の資格を取ろうとしている学生の多くは、本好き、読書好き、図書館好きである。もっとも、近年は、履歴書に書ける資格が欲しいから受講しているという学生も増えつつあるが。
 そんな学生たちに「日本で一番数の多い図書館の種類は何でしょう?」と訊いてみたことがある。最も多かった答えは「公共図書館」だった。“図書館=公共図書館”というイメージなのかもしれない。
 この質問の答えは、しかし、「公共図書館」ではない。「学校図書館」である。日本にある「公共図書館」の数は、公私立あわせて約三二〇〇。対して、「学校図書館」の数はというと、学校図書館法によってすべての小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校に「学校図書館」設置が義務づけられているから、国公私立あわせて約三六五〇〇。実に「公共図書館」の一〇倍以上の数である。
 全国津々浦々に学校図書館がある。しかも、小学校と中学校には原則としてすべての子どもが通うわけだから、そこに設置されている学校図書館は、子どもにとって最も身近な図書館といえるはずである。日本中を見渡せば、地域のなかに公共図書館はおろか書店さえもないところは少なくない。こうした地域では、子どもにとって学校図書館がまとまった本に出会える唯一の場といっても過言ではない。校内で学校図書館が果たすべき機能(学習情報センター機能、読書センター機能)の重要性はもちろんだが、学校図書館の持つ地域における存在意義もまた大きい。
 ところが、いまだに鍵のかかった「開かずの間」状態の学校図書館もあるし、担当職員(司書教諭や学校司書)の配置や予算の確保など、課題を抱える学校図書館は多い。理想は子どもにとって最も身近な図書館ではあっても、現実は…なのである。乖離した理想と現実を一日も早く一致させなければならない。
 課題の解決は一筋縄ではいかないが、ひとつのヒントを与えてくれる事例がある。島根県隠岐諸島中ノ島にある海士町での取り組みである。
 海士町は、人口二三〇〇人ほどの小さな町である。町では、若者の流出や後継者不足という地域課題に対して、地域で文化や産業を創りだせる人材の育成が必要との認識から、総合計画の柱のひとつに「人づくり」を位置づけることにした。そして、人づくりには、読書活動が重要であるとの認識から、二〇〇七年に「島まるごと図書館」という取り組みを始めたのである。公共図書館がないという地域のハンディキャップを克服する手段として、中央公民館を拠点に、「学校図書館、地区公民館、港のターミナル、保健福祉センターなど人が多く集まる拠点をそれぞれ図書館分館と位置づけ、島全体をネットワーク化して一つの“図書館”と見立て」、「高齢・過疎のまちにおいて誰もが等しく図書館サービスを受けることができるシステムの構築を目指」*す取り組みである。取り組みを始めるにあたって、町では文部科学省の調査研究事業に応募して予算を確保し、司書ら職員三人を新規雇用した。
 「島まるごと図書館」では、町内に二校ある町立小学校の学校図書館は児童サービスを担う拠点、一校ずつある町立中学校と県立高等学校の学校図書館はヤングアダルトサービスを担う拠点と位置づけて地域に開放すると同時に、学校図書館本来の機能が十分に発揮できるように整備が進められた。例えば、小学校では二校とも会議室兼用だった学校図書館を専用の学校図書館とし、蔵書や館内レイアウトのリニューアルを行った。二校のうちの一校、海士小学校(児童数四六人)では、二〇〇七年度に年間三四七冊だった貸出冊数が翌二〇〇八年度には年間二三一四冊に増加している。また、もう一校の福井小学校では「図書館・情報活用学習年間計画」を学年別に作成し、学校図書館を活用した学習活動が計画的に展開され始めている。
 このように、海士町では地域と校内の両側面から学校図書館の整備と活用を推進し、子どもにとって最も身近な図書館を本当の意味で実現したのである。
 なお、「島まるごと図書館」の取り組みは、多くの町民の支持を受け、二〇一〇年一〇月には本物の公共図書館(海士町中央図書館)の開館へと結実している。




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専修大学文学部准教授 学校図書館図書整備協会理事    野口 武悟

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