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エッセー&小論

命と地球をはぐくむ“鉄”

牡蠣養殖人 京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授
畠山 重篤
(2011年9月発行 会報第4号より)
 平成二十三年六月五日、今年も岩手県室根町の矢越山に全国から千二百人もの人が集まり植樹祭が開催されました。
 二十三年目を迎えた“森は海の恋人”植樹祭です。
 森の民と海の民が手を携えて行ってきた行事で例年ですと何百枚という大漁旗が飾られていました。しかし今年は一枚だけです。
 三月十一日、三陸沿岸は東日本大震災による巨大津波に襲われ、大漁旗も、船も、カキの養殖筏も全部流されてしまいました。
 そんな大変な時、なぜ中止しないで植樹祭を続けるのでしょう。それは、森・川・海のつながりがしっかりしてないと海の民は生きられないことを知っているからです。
 皆さんは「魚付保安林(うおつきほあんりん)」という標柱を見かけたことがありませんか。海に近い森に立っているので気をつけて見て下さい。
 昔から漁師は海辺の森を伐ってしまうと魚が寄りつかなくなることを知っていました。
 しかし、科学的な裏づけが解明されていませんでした。林学者は森だけ、水産学者は海だけしか見てなかったからです。
 このことを解明するには境界学問が必要でした。分析化学が専門の北海道大学教授松永勝彦先生との出合いより、森と海をつなぐ成分は「鉄」であることを教えていただいたのです。
 カキの漁場は全世界、河川水が注ぐ汽水域(淡水と海水が混じり合う水域)です。
 それは河川水が海に鉄を運んでいたのでした。鉄は植物の成長に不可欠の成分です。まず光合成を担うクロロフィル(葉緑素)ができるのにどうしても鉄が必要です。
 奄美大島に行きますとソテツが有名です。漢字で蘇鉄と書きます。ボサボサの幹に釘が刺してあるのを見てびっくりしました。
 それからチッソやリンなどの肥料を吸収するのにも鉄が必要でした。植物が肥料を吸収する時、養分を環元しなければなりません。環元には環元酵素の働きが必要です。この時、触媒として鉄が不可欠なのです。
 一方、海は鉄不足の貧血状態なのです。鉄は酸素と出合うと酸化し、粒子となって沈下してしまうからです。
 そこで、植物プランクトンや海藻が吸収できる形の鉄の研究が必要でした。
 ところが鉄の分析がたいへん困難な作業だったのです。海水1?中わずか1/10億グラム(ナノグラム)しか含まれていません。分析化学者の力が必要でした。
 酸素の多い、川や海に流れ出してきても酸化されない鉄はどこで生まれているのでしょう。
 森林の腐葉土ができる時に、フルボ酸という成分が生まれ、土中の鉄と結びつくとフルボ酸鉄になります。この形の鉄が森から海に供給されていたのです。
 このメカニズムを発見されたのが松永先生です。“森は海の恋人”というキャッチフレーズが科学的に証明されたのです。
 さて、三陸沖は世界三大漁場の一つとして有名ですが、鉄はどこから供給されていたのでしょうか。
 なんと、ロシアと中国国境を流れるアムール川のフルボ酸鉄が、四千キロ先の三陸沖まで届いていたことが昨年発表されました。
 しかし、メカニズムは解明されても、川の流域には人間の生活が横たわっています。
 森林を破壊し、川を汚し、ダムを造って森の養分を止めているのは残念ながら人間です。
 人間の心の中にも木を植えることが必要でした。こうして始まったのが、森は海の恋人体験学習です。この二十年間で一万人の子供たちを海に招き環境教育を続けてきました。
 気仙沼湾に注ぐ大川はこうしてきれいになり美味しいカキが育つようになりました。秋になると七万尾ものサケも帰ってきました。
 子供たちには、どんなジャンルでもいいからとにかく本を読みなさい、とすすめています。ある時その知識が全部結びつき思わぬ世界が見えてきます。その面白さがわかればしめたものです。
 鉄の科学を知らないと環境問題は語れません。楽しく、面白く鉄の科学を知ってもらう本が必要でした。三年がかりでやっと上梓にこぎつけました。
 『鉄は魔法つかい』(小学館)です。
 小さな魔法つかいがたくさん出現することを楽しみにしています。








著者紹介

牡蠣養殖人 京都大学フィールド科学教育研究センター社会連携教授    畠山 重篤

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