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エッセー&小論

図書室

ゲージツ家
篠原 勝之
(2010年9月発行 会報第1号より)
 オフクロに「本を読みなさい、バカな大人になってしまうからね」と、くどいほど言われ続けたオレは、中学も高校時代にも図書室に入ったことはほとんどなかった。

 今考えると勿体ないと思うけど、当時は絵を描くことに夢中だったから、ノートでも教科書でも終わったページや白いスペースさえあれば描きまくった。

 将来を心配した親からはいつも小言を言われ続けたが、還暦を迎えるまで自分からすすんで図書室に入ったのは二度ばかり。

 大半を大きな製鉄所で占めていた街で育った。毎日毎日、鉄錆色の景色を眺めて暮らしていた。大きな窯から溶けて流れ出す鉄の白い光が、オレの目を惹きつけた。鉄の湯に吸い込まれそうな錯覚が気に入りだった。

 スケッチブックに、赤い色鉛筆と6Bの鉛筆で溶解炉をデッサンしてきた。そのデッサンはオレのメモだった。高校の時はついに苦手な授業をときどきサボっては美術室に隠れて、絵を描くようになっていた。

 オレのなかを通過したメモは、飛び散る油絵の具でキャンバスに再現されていく。そんな絵が地方の絵画展でホービを貰ってしまったのだ。

 どんな風の吹き回しか、その絵が学校の図書室に飾られることになった。一回だけ観に行ったことがある。

 闇色した錆びた溶鉱炉から流れ出る鉄の光が、クラシックな金色の額縁に納まっていた。どう見てもオレの絵に金色の額縁は似合わなかったし、照れくさいやらで、ますます図書室からは遠のいた。

 四〇歳を過ぎてスクラップ鉄を切り、それを自在にひっつけたオブジェを創りたくなった。ところが溶接器の使い方が分からない。

 ゼニもなかったから、溶接のことを調べるため、新宿の大きな書店に通い専門書を立ち読みしていた。数ページ覚えては、階段のところまで走り、忘れないうちポケットに忍ばせたノートに書き込む事をくり返していた。

 そのうちに、オレ専用の溶接ガイドブックが出来上がる頃には、スクラップを切り分けたり、自在に溶接したり、鉄を細工する火力を手に入れていたのだ。勿論、本格的に鉄のゲージツを始める頃は溶接免許を取っていたのだが。いまだかって、免許証なるものはそれひとつだけである。

 鉄の他に、今度は火力を使ってガラスを溶解し始めていた。これも最初は本屋の立ち読みで基礎を身につけた。そうこうするうちガラスと土を灼くことに夢中になっていったのだ。

 その頃、群馬県の大間々という町に図書館を造ることになり、その壁面を依頼された。大きな壁一面を陶板で埋め尽くすプランをたて、一辺五〇センチの陶板二〇〇枚を、来る日も来る日も窯場で灼き続けた。

 本に飽きた子供が、読書する子供の邪魔にならないように壁をすり抜けて、外に抜け出せる穴を開けたデザインにした。(壁面の構造上、無理だというコトになったのだが)中にはオレの子供の頃みたいに、別なことに夢中になる子もいるはずだ。

 そんなオレも六〇歳を過ぎた頃から、下町の図書館へ行くようになっていた。今更のようにいろいろな本を読みたくなったのだ。

 しかも、図書館は閑かだしエアコンだって効いていて、快適に本を読める心地いい空間だということが分かったのだが、活字を読み解くのに時間がかかるのは、オレの目がすでに老眼になっていたのだ。

 昆虫や魚類の図鑑や科学の本や、外国のヤングアダルトな物語など数冊を選びだし斜め読みにする。その中からもっと読みたい本を何冊か厳選し、貸し出しカードで借りてくる。

 せめて老眼になる前に、本を読む面白さに気づきたかった。回り道してきたが、図書館には豊かさが詰まっている。





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ゲージツ家    篠原 勝之

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