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著者からのメッセージ

懐古ではなくて

   高楼方子
(2005年11月発行 会報第107号より)
 小さい頃のことをよく記憶しているので、子どもの本を書くには便利です、と発言したために、ではそれを書いてみてはと提案され、うっかり乗り気になった後で私は困った。書くに値するような内容など、ほとんどないことに遅ればせながら気づいたのだ。

 けれど、書くに値する内容とは何だろう。

 たとえば、道を歩いている時に不意に訪れる、母と手をつないで歩いていた街角の気配や、ふと目にした菓子鉢が浮かび上がらせる、ある日の居間の光景などは、「今」というぺらりとした一枚の時間を一瞬にして重層化する不思議な力を持っている。どこかやさしくかぐわしい記憶は、葬ってしまいたい山ほどの苦々しい記憶を透過して立ち現れては「今」を彩る。私の内部で密やかに。そして同じ事が、誰の内部にでも起こる。

 とすれば、内容そのものにではなく、記憶を掬い表出しようとする働きの中に、価値はあるのかもしれない。一人の幼少期の記憶は、交換不可能でありながら他者の記憶と呼応し合い、あるいは呼び覚ます――そう半ば信じることで、どうということもない遠い日々の光景を、どうにか書き継ぐことができたのだ。
本イメージ
「記憶の小瓶」
クレヨンハウス刊
定価1260円
高等学校校

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