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本のかたち

本を読む少年

ブックデザイナー    辻村 益朗
(2010年4月発行 会報第120号より)

 前回とりあげた英国のチャップ・ブックは、ロンドンにその印刷・出版元のかなりの数があったようです。チャップ・ブックとは関係ないのですが、ロンドンの序に、今回は、あるコレクション所蔵の作品を、みることにしましょう。

 さてその作品は、図書室に飾りたいような、静かな雰囲気のフレスコ画(写真)です。一体この少年はだれでしょうか?

 静寂につつまれ、本を片手にもった少年の息遣いが聞こえてくるようで、かたわらには何冊かの立派な装丁の書物もみえ、この人物が只者ではない気配を感じさせます。長椅子の背にみえる文字はM・T・CICEROと読むことができ、美術史家によって、キケロその人の少年時代を描いた作品とされました。

 キケロ(前106~前43)は、ローマの政治家で哲学者です。アントニウスと対立して非業の最期を遂げますが、彼の膨大な著作は、ラテン語文学の模範とされたそうです。

 ところで、この画のキケロを10代半ばとするなら、西暦紀元の、前90年ころの姿ということになります。

 とすると、画の完成度とは別に、いささか気になることがあります。それは、手にもったり、置かれたりしている“本”の形体が、この時代のものではないからです。

 書物の「冊子本」という装いは、4世紀以降で、それまでの多くの書物は「パピルスの巻物」の形でした。例えば、ヴェスヴィオ火山の大噴火で、西暦79年に埋没したポンペイの発掘品も、書物が巻物形であったことを教えてくれます。

 さて、「本を読む少年キケロ」の作者は、ローマ時代ではなく、15世紀の画家、ヴィンチェンツォ・フォッパです。ルネサンス初期の、清新な人文主義の時代にふさわしい画ですから、野暮な時代考証は忘れましょう。このフレスコ画は、ウォレス・コレクションにあります。

本を読む少年イメージ

V・フォッパ(1427頃~1515頃) 「本を読む少年キケロ」 The Wallace Collection,London

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