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編集者のアンテナ

国宝の壁画が劣化した本当の理由

日本放送出版協会    加納展子
(2008年4月発行 会報第114号より)
 昨年、高松塚古墳の石室解体がニュースとなり、国宝である壁画の保存対策が注目を集めています。そもそも壁画の劣化が発覚したのは四年前。誰もが最先端の科学を駆使して“完璧に保存”されていると信じていただけに、深い衝撃と失望を覚えたのではないでしょうか。さらに、文化庁職員が誤って壁画を傷付けるという事故があったことも明らかになり、世間の批判は文化庁の責任追及に集中したのです。しかし、問題の根はそう単純なものではなかった、ということが本書には克明に描かれています。

  壁画の保存方法には、現地の石室で保存する方法と、剥離して別環境で保存する方法と大きくは二つ考えられます。高松塚古墳では、「自然の中にある文化財の保存は、保存環境をモニタリングし、温湿度や水分量などの変化を調べ、その文化財が守られてきた環境を明らかにする。そして保存環境に問題があれば、望ましい環境を回復する」という保存科学の原則に則って、現地保存がなされました。

  しかし著者は、地震による墳丘のひび割れや石室内の温度上昇などに伴うカビの繁殖への対応は極めて難しく、現地保存に限界があったと指摘します。さらに、考古学界には遺跡と壁画を一体のものとして捉え、石室解体などもってのほかという考えが根強かったことが背景にあって、当初の方針が見直されることがなく現地保存が長きにわたって維持されてきました。そして何より、国民が考える「永久保存」「完璧な保存」は、モノとしての文化財においては土台ムリな話であり、「劣化を遅らせ、いかに文化財を長持ちさせるかが保存科学の目的である」という正しい理解の上にたたなければ、適切な保存方法の選択ができないのではないでしょうか。

  本書では、長年、劣化問題を追い続けてきたジャーナリストである著者が、最新の研究成果を踏まえ、学者や当事者には書けない高松塚古墳壁画劣化の真相を多角的に解明していきます。謎解きのような知的興奮と、歴史遺産保存への深い理解が得られる一冊です。
高松塚古墳は守れるか 保存科学の挑戦
高松塚古墳は守れるか 保存科学の挑戦
毛利和雄/著
文研出版
1,680円

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