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エッセー&小論

輝き続ける一冊

俳優・エッセイスト
中井 貴惠
(2011年12月発行 会報第5号より)
長女の5才の誕生日にプレゼントとして贈られた「つりばしゆらゆら」という絵本。
 「おかあさん、読んで。持っていない本だよ!」いつも通り、お布団の中での読書タイムが始まった。主人公はきつねの男の子こんすけ。こんすけが、つりばしの向こうにまだ一度も会ったことのないきつねの女の子が住んでいると知って、つりばしを渡る練習をはじめる。一度も渡ったことのないゆらゆらゆれる長くて細いつりばし。幼いこんすけにとって一歩を踏み出すにも大いなる勇気が必要だった。最初の日は五歩。次の日は六歩。「大丈夫、がんばれば絶対に渡れる、会いたい女の子にも会えるんだから」少しずつ歩みをすすめるこんすけに熱い声援を送り続ける。
 しかし、物語の最後には意外な結末。こんすけはつりばしを渡りきることが出来ず、会いたい女の子にも会うことはできない。
 「がんばればできる。だから一生懸命やりなさい」小さい頃、幾度となく大人に言われた言葉だった。そして幼い我が子にも私はすでにそんな声かけをして子育てをしてきた。しかし、自分を振り返ればがんばってもできないことがたくさんあった。いや、がんばってもできないことの方が多かった。そう思ったとたん、それが不思議な感情となり私の胸にこみ上げた。なつかしさに似た切なさが一気に涙となって私の頬をつたった。
 ふと見ると長女の目にもいっぱいの涙。
「あんなにがんばったのに、なんで会えなかったの?」そういってあふれる涙をぬぐった。
 初めてだった。絵本を真ん中に私と長女が時を同じくしてこんなに心を揺り動かされたのは。これまでも娘と幾冊という絵本を読み同じような時間を共有してきた。しかし、いつもそれは一方通行で、私は読み手、長女は聞き手だった。しかしこの絵本が私と長女に同時に贈ってくれた温かい感動は、私と長女を、そして、私と絵本を深く強く結びつけた。
 絵本はこどものためだけのものではない。大人である私たちにも忘れていた温かい何かを思い出させてくれる力を持っている。そして本との出会いはいつどこにあるかわからない。
 あれから一六年、あの一冊は私の中で今も変わらぬ光を放ち続けている。それが本の持っている本当の力だと思う

著者紹介

俳優・エッセイスト    中井 貴惠

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