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エッセー&小論

もっと子どもたちと―――

絵本作家
いせ ひでこ
(2009年4月発行 会報第117号より)

 老職人が少女の大切な植物図鑑を修復してあげた。世代の違う二人の交流を通して「わたしだけの本」を持てる幸せを描いた絵本『ルリユールおじさん』。二〇〇七年に仏版が出版され、パリで原画展も実現したのを機に二〇〇八年暮、池袋の東京芸術劇場で日仏四人の絵本作家の交流原画展が開催された。

  仏を代表する二人の作家と日本からはあべ弘士氏と私。二三〇点の原画に、仏編集者も交えたシンポジウム、ギャラリートークもあって、絵本の力を多くの人々に伝えることができた。だが、休日、祝日、冬休みの初日も含んだ九日間だったのに、驚くほど子どもの姿がなかった。

  パリ展には、仏在住の日本人学校の小中学生、幼稚園児たちが、校長先生や園長先生、保護者に引率され電車をいくつも乗りついでやって来た。パリ市内の絵画教室の先生も子どもたちを連れて来た。そこには、ゲームやテレビに子育てを依存しない、子どもと共有する時間を積極的に作ろうとする姿があった。絵画教室の子どもたちは、階段や床に座りこみ好きな一枚をじっと観察し、模写した。そして次の週も来た。「また行きたいと、子どもたちが言ったのです。こんな機会をありがとう」若い美術の先生がさわやかに微笑んだ。感動し、歓迎し、感謝しているのは私の方だった。
  新作が出版されるたびに、私は日本の各地で原画展を催してきた。そのたびに近隣の小中学校に声をかけ、図書館やよみきかせの会にお知らせを送る。だが夏休みでも春休みでも、子連れの姿は少ない。大人の声かけがないと、子どもだけでは展覧会は来れない。

  二〇〇八年、クリスマスイブ――ひとりの老婦人と七歳位の女の子が目を輝かせて日仏展に来場、私の前に立った。「昨年、孫にこの本をプレゼントした時、すでに母子の愛蔵版になっていたの。だからね、今日はサプライズに、何の原画展か言わずにふたりを連れてきたんですよ」。『ルリユールおじさん』の原画一枚一枚に足を止めては、もう暗誦してしまった文章を声に出す女の子。「わたしだけの一冊」を親子三代で共有している家族。三人は、原画の質感や色彩や筆使いや大きさに、新しい発見をし、さらに豊かな時間を共有したことだろう。私はこの家族から大きな力をいただいたように思えた。久々にもらうかけがえのないクリスマスプレゼント。

  ネット・ケータイ・ゲームの時代になっても、こんな家族がいる限り、私はこれからも原画展を催き、子どもたちを待っていよう。

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絵本作家    いせ ひでこ

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