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エッセー&小論

不思議な邂逅

聖路加国際病院 名誉院長・理事長
日野原 重明
(2008年9月発行 会報第115号より)

 学校図書館というと、今では学校の最も重要な教育機関とされているが、私の学んでいた学校ではどうであったかと回顧すると、大正五年(一九一六年)から六年間通った今から九十年前の神戸市の小学校では、図書館はもとより図書室もあったという記憶はなく、大正十二年から五年間通った神戸の私立の関西学院中学部でも同様であった。

  第三高等学校に入学したのは昭和四年(一九二九)であるが、ここで初めて図書館があったことを記憶している。私が入部していた弁論部の部長で英語の教授に会いに行くのは、教授室でなく、図書館長室であった。ここは、実際は読書のために利用するほかに、机があり静かなので、学生は授業外の自己学習に時々利用することがあった。

  京大の医学部に進学してからは医学部図書館があったが、学生時代はほとんど利用しなかった。私が本当に図書館を利用したのは、大学院での心音の研究のために外国文献の探索が必要であったので、三つの内科講座が共通して管理していた内科学図書室を私はしばしば利用し、研究論文をまとめるにもこの部屋を利用したことを思い出す。私がこの図書室に顔を出すと、司書の若い女性が「先生、こんな文献があります」と、親切に私に配慮してくれたのが忘れられなかった。

  ところが、一昨年、私が姫路のある会場に講演に行ったとき、開演前の控え室に九十歳近い老婦人が私を訪ねてこられた。差し出された細長の紙片を見ると、私が京大の内科学図書室で求めたフランスの文献の「借り出しカード(ブック・カード)」で、論日野原 重明文名と私のサインが書かれてあった。今の私のサインと同じ書体である。私の遺品のようにして捨てずに七十年近くも持っていた彼女の心境を推察しつつ、私は再会を約して別れた。

著者紹介

聖路加国際病院 名誉院長・理事長    日野原 重明

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